ワタシのカヤック歴 その9

W4を立ち上げた頃には、すっかりホワイトウォーターづいてしまっており、ファルトのカナールは、出番がなくなってしまいました。
だいたい、日帰りでの川遊びは由良川、奈良吉野川、それに泊まりでは春秋は長良川、夏ごろは北山川、木曽川日本ラインと、パターンが決まり、メンバーも固定化されてきました。
この頃がなんとなく、一番楽しかったような気がします。
ネットワークのほうでは、W4に続いて、メーリングリストのWCB(Whitewater Communication Board)というのを立ち上げました。
まだ、この頃は現在のように、あちこちでカヌー・カヤックの掲示板がなく、インターネットで話ができる場所が少なかったせいもあり、北海道から九州まで一時は150名以上の登録者がいて、たいへんにぎやかにコミュニケーションが行われていたものです。

ワタシのカヤック歴 その10

さて、WCBというメーリングリストを立ち上げた頃、フネのほうはダガーのRPMという、2.7mくらいの長さのカヤックを買って乗りはじめました。この頃から、カヤックは少しずつ短くなってきたような気がします。
このフネの名前の由来は、Radical Play Machineというらしいのですが、そんな過激な名前とは裏腹に、けっこう操作性もよく、サーフィンなどのプレイもやりやすくて、いいフネでした。
それまでダウンリバーオンリーだった私も、ようやくこのあたりに瀬遊びをするようになりました。いまだにうまくはないですけどね。
当時は、古くからのニフティ系の人に加えてインターネットからきた仲間もいたせいか、少し一緒に漕ぐグループの毛色も変わってきましたね。私のネットワーキングの軸足もこの頃からインターネットのほうに移るようになってきました。

ワタシのカヤック歴 その11

インターネットでカヌー・カヤック情報が充実しはじめたのは、6~7年前くらいからだったと思います。その頃からでしょうか、スポットプレイを好むロデオ派が多くなってきたこともあるでしょう。私のやっていたWCBメーリングリストへの投稿が少なくなってきました。
私の個人的な漕ぎ仲間の中でも、だんだんアクティビティが落ちた人がいたり、他の地方に引っ越していった人がいたりして、だんだん一緒に行動する仲間が限られるようになってきました。
この頃から私はけっこう一人でも行動するようになってきました。もちろん行き慣れた川に限りますが、それなりに経験も積んで自信が出てきたこともあります。
フネはRPMから、パーセプションのメソッド・エアという艇に変わりました。長さは約2.7mから約2.4mに短くなりました。この頃からカヤックの長さはどんどん短くなってきました。
他にウェーブスポーツのY(ワイ)というクリークボートも購入しました。これはほとんど小歩危に行くために買ったようなものです。
この二艇はまだ私の手元にあります。

ワタシのカヤック歴 その12

四年前のことでしたが、肩に変調をきたしました。
いわゆる五十肩です。右肩を上げることができず、後ろにも回せない状態に陥りました。根本的な治療法はなく、運動療法で気長に治すしかありません。
おかげで、この年はほとんどカヤックができませんでした。
次の年も、春に別の病気をしたり、その影響もあって、この2年はほとんど休眠していました。
2004年の春になって、これでいけないと思い、復活することにしました。行動はひとりだったり、奈良吉野川限定の漕ぎ仲間と一緒に行動したりしていました。
ひとりの場合は、由良川、奈良吉野川は自転車を使います。最初に出艇地にフネを置いておき、ゴール地点にクルマを回送します。そして折りたたみ自転車を出して出艇地まで戻るのです。
長良川の場合は、川に沿って長良川鉄道が走っていますので、それを使います。のんびりローカル線の旅も楽しいものですが、電車の時刻がありますので、最初によく見ておいてそれに合わせて行動しなければなりません。
北山川は、オトノリ~小松間なら歩いて回送できますので、そうしています。川が蛇行していますので、歩くのは2Kmもありません。
こうして単独行動のパターンができました。ひとりで行っても、知り合いやら知らない人やら、たいていパドラーとのふれあいもあります。
2004年の秋には、今メインで乗っている艇プリヨンのリリースを買いました。ようやく最近はやりの2mサイズカヤックになりました。この艇は気にいっているので、今年もこれに乗り続けることにします。
2004年の末をもって、ほとんど書き込みのなかったメーリングリストのWCBを閉鎖しました。そのかわり、翌年からはYahoo!にブログを開設して、自分のパドリング活動を書くことにしました。
これが「川馬鹿日誌21c.」です。ブログのタイトルは、もともとインターネットにカヌーのサイトを作ったときに書いていた日誌の題名を引き継ぎました。
(もっともその時は「河馬鹿日誌」でした。かば、とかけていたのですが、かばしかにっし、と読む人もいました)
21c.は二十一世紀の意味です。
そして、今年になってブログをこちらに引っ越してきました。